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World/enD【Re;quiem】
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「…………」
「…………」



 そこはとても静かだった。
 外はきっと穏やかなのだろう、風の音もなく窓から差し込む日差しは柔らかい。
 そんな穏やかな陽気の中に響くのは、カチカチと規則的に音を立てる時計と、ペラペラと不規則に響く紙をめくる音。
 さらに耳を澄ませたところで聞こえてくるのはかすかな息遣いと姿勢を変えた時の衣擦れの音くらいのものだろう。



「………………」
「………………」



 同じ室内に自分以外にも誰かがいる、そんなことさえ忘れてしまうくらい無音ではない静寂の中で、私は手にした本の世界に埋没していく。
 ……さて、けれどそういえば、いつもとは違って何か他にも目的があったような……? あぁ、でもだけど、今ちょうどいいところだからとりあえずこの章だけでも読み終えてから――



「…………何のつもりですか、キャスター?」
「――うん?」



 はぁ、とわずかな困惑と呆れを乗せたため息と呟きが耳朶をくすぐって、それで私はもう少し、もう少しだけという欲からようやく逃れて、書面から顔を上げることに成功した。
 視線を向けた先には呆れを隠しもしない魔眼殺し越しの宝石の瞳。
 まっすぐにその瞳を向けられていたという事実に内心わずかばかりに恐々としてしまうけれど、今更といえばどこまでも今更の話。
 だって、ここは彼女に割り当てられた部屋で、私がここに訪れた時から彼女は変わらずここで過ごしていたのだから。
 そうと分かっているというのに、理由もなく気まずさを覚えて――仕方ないじゃない? なぜだかその視線に圧を感じるんですもの――そのまなざしから逃れるようにカチカチと憎らしいくらい変わらず時を刻む時計を見れば、ここを訪れてからいつの間にやら30分ほどが経過していたようだった。
 そのままの流れでこの、ライダーの部屋を見まわしてみても訪れた時と特別何も変わりはない。
 もっと言ってしまえばこれまでに、両の手で数えきれないくらいには足を運んではいるけれど、一度として変わったところなんて見たことはない。
 目に映るのは所狭しと積み上げられた本と本と本の山。
 かといって陰気さを感じないのは窓から差し込む柔らかな日差しのおかげだろうか。
 ……本に直射日光はいかがなものとは思うけれど、ぞんざいに積み上げられたそれらを見るに管理状態には無頓着なようだ。
 本を愛してやまないような存在なら許しがたいかもしれないけれど、生憎と私も読めればいいタイプの濫読家である。おそらくはライダー同様。
 くるりと一周見回して視線を戻せば、やはり呆れた様子のままの彼女の様子。
 いやしかし、何のつもりとは……あ。
 本につられてこの部屋に通うようになった当初はさすがに気まずさもあって手土産を持ってきたものだけれど、そういえばこのところは手土産などさっぱり持参していなかった。
 今回は――そう。もともと本を読むためではなく、探し物のために訪れていたのだからなおのこと。
 その目的自体忘れていつものように読書に耽ってしまっていたのは我ながら失態だと反省するところではあるのだけど、これだけ魅力的な蔵書を誇っているんだもの、仕方ないじゃない?
 ふむ。



「ふ……なるほど。礼を失してしまったわね。ええ、まさかそんなにも欲しがりだとは思わなかったものだから」
「……待ちなさい。なんだかとても不名誉な理解を示されているような気がするのですが」
 ……あら? なんだか彼女の口元が引きつっている。
 心でも読んだのかしら、なんていい加減なことを考えながらくすくすと笑っていたら睨まれた。
 おお、怖い。……魔眼殺しの向こうからとはいえ、私にさえ通じる魔眼でにらまれてるんだから本気で怖いわね。勘弁して欲しい。
 読んでいた本は伏せて膝の上に乗せ、ゴホンとひとつ咳払い。私はそっと居住まいを正す。
 いやまぁなに、別に睨まれたからというわけではなくってよ。
「で、どうしたのかしら、ライダー? 何のつもりと言われても、特段悪さをした覚えはないのだけれど?」
 推理小説の冒頭にこいつが犯人なんて落書きをした覚えもなければ、余白に世紀の難問の証明を思わせぶりに書いた覚えもないのだ。
 半ば本気で首を傾げていると、はぁと疲れも露なため息を吐き出された。失敬な。
「いえ、私も貴女もサーヴァントだったかと記憶しているのですが」
「? ええ、そうね。その通りね」
 それが? と先を促してみる。何を今更としか思わない事実だ。それがどうしたというのか。
「……まぁ、キャスター。貴女がそれでいいのであれば、私としては別に構いはしないのですが」
 口ではそんなことを言いながら表情は思いっきり変なものを口に入れたかのような変な顔。
 苦いかと思って口に入れてみたら甘かったような、辛いかと思って口に入れてみたらすっぱかったような、身構えていたというのに肩透かしされてしまったようなそんな感じ。
 …………いや、まぁ。いくら察しが悪くてもさすがにここまで露骨な反応をされれば理解もする。
 たしかに自身のフィールドに(キャスター)が居座るなんてさぞかし居心地が悪かろう。むしろ何故に私も気が付かなかったのか。
 まぁ、それこそ今更か。ずうずうしくも訪れる私と毎度戸惑いはするものの拒みはしなかった彼女。はてさて、おかしいのはどちらなのかしらね?
 息を吐き出す。もちろん意味など何もないけれど。なんとなく気が抜けてしまって。
「――ふむ。貴女に対する害意の有無はさておき、せっかくの蔵書が読めなくなるのは損失だわ。だから、何も企んではいない……と言って、信じられるかは分からないけれど」
「害意をさておかれても困るのですが」
 はぁと呆れを隠しもせずに息を吐き出して、けれど私の言葉に、ライダーは少しばかり考え込むように視線を外す。
 なんとなく笑ってしまった。キャスターの言葉を考慮するなんて、それこそどうかしているというのに。
「気になると言うのなら、今後は自室に戻って読むことにしますわ。……可能であれば蔵書は貸していただきたいのだけれど」
 それも断られてしまうのであればシロウ経由で貸し出しを頼むか……いやそれならもっと直截的に、サクラなら私の頼みを聞いてくれるか?
「――――ああ、いえ」
 声に、思考のために宙を漂っていた視線を下げれば、小さく苦笑するライダーの姿。
「それならばこちらで読んでもらった方が……ええ、安心できる」
「…………あら、そう? それはありがたい話だわ」
 本当に――なんて、そんな本心は胸の内に秘めておくとして。
「……あぁ、ええと。なんだか喉が乾いたわね? お茶でも飲もうかしら。その――ライダーもいかがかしら?」
「私は――、ええ、そうですね。ご相伴に預かりましょう」
 私たちは、なぜか、なぜだか互いにどこか照れくさいような気持ちで変な笑みを浮かべながら、珍しく二人とも読みかけの本をそのままにして重い腰を上げた。
 さて、お茶請けは何かあるかしら、なんて本当にらしくもない会話を交わしながら。







‐あとがき‐

 初出:23/01/15




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